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札幌中心部に出かけることを「札幌に行く」と言う人いる!?

ローカルネタ21コメント

1 : 2020/07/20(月) 13:24:16
私の周りにも札幌駅や大通り辺りに行く時に「札幌に行く」という言い方をする人は少なからず居ますよ。
親や祖父母は手稲駅がまだ軽川駅と呼ばれてた頃を普通に記憶してますし。
その辺の世代の方々は札幌市民という意識は希薄です

 

2 : 2020/07/20(月) 14:21:31
手稲が札幌に編入されたのが1967年か。
子供の頃って…けっこうな歳の人もアクセスしてるのね。

 

3 : 2020/07/20(月) 16:12:53
昭和の大合併で豊平村や白石村やらが札幌市になった
札幌出身なら小学生のときに副読本で勉強する
丘珠の玉ねぎが日本栽培発祥とかも

 

4 : 2020/07/20(月) 20:34:17
大通りとかに行くことを
「街に行く」て言う

 

5 : 2020/07/20(月) 22:08:57
それは40代より上の世代なら普通に使うんじゃね?

 

6 : 2020/07/20(月) 22:10:29
もうじーさんだけど
それは流石にもう言わない。

 

7 : 2020/07/20(月) 22:54:02
星置住まいだけど俺の周りでは
「街に行く」よりも「札幌に行く」の方がずっと多い

 

8 : 2020/07/20(月) 23:04:38
平成15年ぐらいまでの人出は、大通>札幌駅
JRタワーや大丸が開業した頃には大通と札幌駅の人出が変わらなくなったように思う
「街に行く」がどこになるかは住んでる地域や年代によって変わるね
アラフォーの兄弟は新川高校に通ってたが、高校近辺の同級生は「街に行く=琴似」だったんだとさ

 

引用元:https://machi.to/bbs/read.cgi/hokkaidou/1590795033/

私は南区の奥出身ですが、周りも「札幌に行く」と言っていましたね。

補足

旧町村が札幌市に編入された時期をまとめてみました。

  • 1941年 円山町(現在の中央区円山エリア・界川・双子山・宮ケ丘・伏見・旭ケ丘、南区藻岩下・川沿・北ノ沢・中ノ沢・南沢・白川)
  • 1950年 白石村(現在の白石区全域・厚別区全域)
  • 1955年 琴似町(現在の北区新琴似・新川・屯田、西区八軒・琴似・二十四軒・山の手・発寒、中央区宮の森・盤渓・小別沢)
  • 1955年 札幌村(現在の東区栄町エリア・元町エリア・東雁来・東苗穂・丘珠エリア)
  • 1955年 篠路村(現在の北区篠路・太平・上篠路・拓北・あいの里・茨戸・福移、東区中沼)
  • 1961年 豊平町(現在の豊平区全域※、清田区全域、南区澄川・真駒内・石山・常盤・滝野・藤野・簾舞・砥山・豊滝・定山渓) ※豊平・旭町・水車町はもっと前に編入
  • 1967年 手稲町(現在の手稲区全域、西区西野・西町・宮の沢・福井・平和)

中心部から遠い地域ほど、「札幌に行く」という表現を使用するイメージですがどうでしょう。

それとも、札幌市に編入されたのが遅かった旧豊平町や旧手稲町の一部地域でそういった表現が残っているのか・・・。

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